青年会議所が開催した、長野市長選挙立候補予定者討論会。登壇した荻原健司さんと土屋龍一郎さんのそれぞれの主張を、読み解きます。
主催者に敬意 荻原節は「夢」にあり 私にしかできない? 「すべて自分が」の危うさ 「加藤市政継承」だけなの? SAPPORO 2030を分捕れ? ※後編【泥をかぶる決意を示した!? つちや龍一郎さん】市長選討論会を読み解く |
主催者に敬意
討論会主催者に敬意を示し、クレジット。
令和3年長野市市長選挙立候補予定者公開討論会
【日時】令和3年10月18日
【コーディネーター】小宮山 知紗
【主催】長野青年会議所・南長野青年会議所
【主催者提供公式映像】荻原節は「夢」にあり
まず、全体の印象と総論を。
荻原氏はアスリートらしい体形で、スーツも似合う。声は若々しく、自信を感じさせる。自信の源泉は、知名度だろう。
自分のカッコよさをよく自覚していらっしゃる風で、さすがにグラビアの仕事をするだけのことはある。土屋龍一郎氏の、ちょっと控えめだが丁寧な物腰とは、対照的だ。
自分のカッコよさをよく自覚していらっしゃる風で、さすがにグラビアの仕事をするだけのことはある。土屋龍一郎氏の、ちょっと控えめだが丁寧な物腰とは、対照的だ。
(荻原氏のインスタグラムから引用)
荻原氏の演説で印象的だったのは、「夢」という言葉。9回も使っていて、「夢」というポジティブ・ワードで、台風災害と新型コロナに苦しむ市民に希望を与えて勝利する戦略なのだろうか。
アスリート → エネルギッシュ・豊富な行動力 → 危機に際しての突破力
「金メダル取った人が、そこまで自信ありげに言うんだから、何かやってくれるんじゃない?」
有権者にそう信じてもらうのが、彼の「夢」なのかもしれない。
だが、自信あふれる態度には危うさも感じる。
私にしかできない?
「スポーツを通じた元気で明るいまち作り。
これは本当に私にしかできない分野だと確信してます」
荻原氏の自信あふれる言葉に、小泉はずっこけた。ちょっと待ってくださいよ。言っていることとやっていることが、違いませんか?
今年7月、長野市はオリンピックを盛り上げるため、イベント「東京2020大会コミュニティライブサイトin NAGANO」を開催。荻原健司氏はゲストとして招かれていたが、直前になってキャンセル。会見した加藤市長は、その理由を説明できなかった(令和3年7月20日長野市長定例記者会見)。正当な理由があるならしかたがないが、この荻原氏の行動は如何なものか。スポーツを通じて市民を落胆させないよう、気を付けていただきたい。
大体、スポーツで元気にするというのは、長野市総合計画やスポーツ推進計画が掲げる「スポーツを軸としたまちづくり」の焼き直しではないか。それが悪いとは言わないが、長野市は五輪開催以来、五輪施設を活用した競技大会誘致-スポーツコンベンションを成功させる一方、パルセイロ、グランセローズ、ブレイブウォリアーズ、ボアルースといった地域密着型スポーツと連携してきた。それなのに「私しかできない」とは尊大でないか。あなたがいなくても、ドタキャンされても、長野市はやってきたのだ。
「すべて自分が」の危うさ
荻原氏の自信はこれに留まらない。
「私自身が営業マンとなって、IT関連企業の誘致促進を図っていきたい。(中略)トップセールスというのは私の得意分野」
「長野市の農業発展のために、トップセールス」
「スポーツコンベンション、または大規模コンサートなどを誘致することを積極的に進めることが求められており、まさに私の出番」
スポーツを通じたまちづくりばかりか、企業誘致、農産物のセールス、各種イベント誘致まで、荻原氏は得意で、独力で解決できると言う。荻原健司氏がスキージャンプとクロスカントリーを得意としていたことまでは知っているが、そんなに幾つも大得意があるものなのだろうか。金メダルのような実績があれば信じることかできるのだが。
かつて長野県には、全国的な知名度を背景に当選し、何でも自分でやりたがる首長がいた。トップセールスも得意だと自賛していた。県民は熱狂し、90%以上の支持率で彼を迎え入れたが、彼が退場するときには精緻な行政機関が、組織の体をなさなくなっていた。トップが、自分が独りで動きやすいように組織の規律を溶かしてしまったからだ。その姿は、一部から「独裁」と評されたこともある。それを内部で身近に目撃していた小泉としては、心配だ。首長には組織をマネジメントする力こそが求められるのだ。
荻原氏は加藤市政の、行政の継続性を重視する立場だ。だが多くの課題をトップセールスで解決すると言う姿勢は、行政機関の組織的対応で解決するオーソドックスな行政手法と相いれるものなのだろうか。
荻原氏は加藤市政の、行政の継続性を重視する立場だ。だが多くの課題をトップセールスで解決すると言う姿勢は、行政機関の組織的対応で解決するオーソドックスな行政手法と相いれるものなのだろうか。
何でも売りまっせ |
土屋龍一郎氏も、前回2017年の市長選挙ではトップセールスを謳っていた。今回は、荻原氏にそれを譲ったのだろうか。あれもこれもトップセールスで解決すると張り合う不毛に巻き込まれるのを避けたのだとすれば、正しい選択だ。
「加藤市政継承」だけなの?
荻原氏は行政の継続性を重視しているから、新しいものを求めるのは酷なのだろうか。しかし、彼も討論会で「時代の転換期を迎えている」、「変化をしっかりと捉えて、的確に対応していく」と言っている。
そう思って討論会の発言を追ってみたが、見事に新しいものは見当たらない。
たとえば「健幸増進都市」は「長野市健康増進・食育推進計画」のアレンジだろう。「ワクチン接種をやりぬく」といっても、すでに国・県・市の各層が取り組んでいることで、誰が市長になってもやらねばならないことだ。「感染症対策チーム」とは、今の保健所のチームとしての取り組みと何か違いがあるのだろうか。
その中で目を引くのは、強いて言えば「子育て総合支援センター」かもしれないが、これはどのようなものなのだろうか。既に長野市にはこども未来部があり、世界初の「長野モデル」で産後のお母さんを支える等、母子保健に積極的な保健所がある。これらとの違いが分からない。
加藤氏継承と言っても、新しい政策が皆無では寂しい。全て加藤氏の前例踏襲なら、誰が市長でもよいではないか。
SAPPORO 2030を分捕れ?
小泉は、2016年、世界で初めて(多分)、2026年札幌オリンピック招致が成功した際は、ソリ系競技を長野市スパイラルで行うアイディアを長野市議会で提案。札幌と研究するよう求めた。その後、IOC(国際オリンピック委員会)が札幌市にソリ系競技の長野開催を求め、長野市・札幌市で覚書が結ばれている(札幌市の2030年冬季オリンピック・パラリンピック大会招致に向けたスパイラル使用のための覚書締結について)。そういう経過があったので、正直、荻原氏がこの件に触れてくれたときは嬉しかった。だが、続く言葉を聞いて絶句した。
スパイラルー長野市ボブスレーリュージュパーク |
「スパイラルを使うだけではなくてやはり他の種目についても、同時に長野市に招致することによって、2030年札幌の冬季オリンピックが招致された際には複数の種目がこの長野市で行われる。(中略)そんな取り組みを進めていきたい」
ちょっと文章が整っていないが、つまり、ソリ系競技(ボブスレー、リュージュ、スケルトン)以外の競技も、札幌オリンピックから分捕って長野に持ってくると言いたいらしい。
IOCが「ソリ系は長野で」と指導したからそうなったが、札幌は他の競技は全て道内で開催するつもりだ。IOCは今年または来年にも2030年の開催都市を決めたがっており、このタイミングで競技会場の配置を円満に変えることができるのだろうか。それは大きな混乱を招き、長野市と札幌市の信頼関係にも影響を与えかねない。それとも、荻原健司氏は、IOC選手委員選挙に2度続けて落選しているが、案外、IOC中枢に何か特別な繋がりがあるのだろうか?
もちろん、キング・オブ・スキーと称された荻原氏はスポーツマンシップに長けた人物であり、長野市民を欺瞞するために実現不可能なホラを吹いているなどということは決してないだろうと信じたいのだが...
ちなみに上掲の荻原氏発言中、「種目」という言葉は「競技」に置き換えるのが正しい。例えば「リュージュ」競技の中に、「一人乗り」、「二人乗り」等の種目がある。IOCや札幌招致委員会と渡り合うのに、スポーツ用語のイロハが分かっていなくて大丈夫なのだろうか。
ポスト新型コロナの長野市の浮沈を決める市長選挙は、今月31日投票日です。